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No.332 あなたはわたしの宝 2019.3.10

あなたはわたしの宝

わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。<イザヤ43:4>(新改訳)

 私たち日本人にとっては、「愛しています」「愛します」という言葉は、面と向かって言われることにも、言うことにも慣れていない、なんとなく気恥ずかしいものです。

 聖書に書かれているお言葉とはいえ、親子の間であっても、なかなか「愛してるよ」とは言えないものですね。
 
 ところが、神様のほうはというと、私たちのようにではなく、ズバリ「愛しているよ」と言ってくださるのです。

 「愛している」だけではありません。
 「高価で尊い」と言ってくださいます。
 高価といえばこんなお言葉があります。

高価な真珠一個を見いだすと、行って持ち物をみな売りはらい、そしてこれを買うのである。<マタイ13:46>

 イエス様が天の御国とは、というお話の中で言った言葉と思います。
 このお話を、私が真珠を見つけ出したと仮定して読むと、私は、この真珠と全財産をはかりにかけてみて、「全財産を売り払ってでも、この真珠を買ったほうが得だぞーーー」と考え、手に入れるというわけです。
 それほどの価値あるものは天国だと言っているようです。

 ちなみに新しいエルサレムの12の門は12個の真珠でできており、それぞれが一つの真珠からできているそうです(黙示録21:21)。
 もしかするとこの商人が見つけた真珠は天国の入り口の門だったのかもしれません。

 ここで、この真珠が私だとしたらどうでしょう。
 神様は、とても素晴らしいものを見つけてくださったわけです。
 そして、これを手に入れるために、ご自身の全財産、いやご自身のすべてをかけて、買い取りに来てくださるのです。

 神様は、この高価で尊い一つの真珠を手に入れるため、ご自分の大きな財産のうちの一番高価で尊いイエス様を身代わりのため、手放してくださいました。
 神様にとっては、ご自身と同等の価値あるもの、それが私たちなのです。
 なんて私たちは神様に愛されているのでしょうか。
 
 イエス様はこのすばらしい値打ちの宝を探し出すために、この地上に来てくださったのです。一つとして壊されたり、焼かれたりしないためですね。

イエスは答えて言われた、「良い種をまく者は、人の子である。畑は世界である。良い種と言うのは御国の子たちで、毒麦は悪い者の子たちである。<マタイ13:37、38>

 イエス様は、私たちを良い種と言ってくださっています。
 私たち一人一人が良い種です。
 良い種は、大きくなると、良い実を実らせることができます。

 毒麦が大きくなると、周りの良い実まで腐らせてしまいそうです。
 この毒麦は、イエス様のご命令で、天使たちが集め、炉の火に投げ入れられるのです。

 私たちは神様にとっては、「高価で尊い愛すべきもの」です。
 また、私たちはイエス様の手によって、大きな良い実を実らせるために畑にまかれた「よい種」です。

 最近、よく思うことですが、私たちが良い種として、成長し、花を咲かせ、よい実を実らせることができているのは、先に良い種として、私たちの手本となってくださった、信仰の先人たちのおかげです。
 私たちにとってはその最たるお方が故釘宮義人(キリストの福音大分教会創立者)牧師です。パウロがコリントの教会の人たちにいっています。

「あなたがたは、主にあるわたしの働きの実ではないか。(1コリント9:1)」(た)
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# by mitiru-takae | 2019-03-19 18:12 | 満ちる | Comments(0)

No.331 右にも左にも曲がらず 2019.3.3

右にも左にも曲がらず

ただ強く、また雄々しくあって、わたしのしもべモーセがあなたに命じた律法をことごとく守って行い、これを離れて右にも左にも曲ってはならない。それはすべてあなたが行くところで、勝利を得るためである。<ヨシュア1:7>

 私たちが生きている社会の善悪、また法律は、時代とともに変わっていきます。
 かつて戦争や、天皇を神とすることを拒否したことで受刑した方々が日本ではたくさんいます。故釘宮義人もそうでした。
しかし、敗戦となると、今度は反対に、戦争を推し進めていた人たちが戦犯として裁かれました。

 このような流動的なものに、私たちがしがみついていたとしても、その渦中にあるあいだは肉体的、また精神的に楽でしょうが、それが真に幸せというわけではありません。

 この世の法律によって私たちが天国行きを確約することはできないのです。

「私たちが勝利を得る秘訣は、右にも左にも曲がらぬこと」と、聖書には書いています。
 何からそれて右や左に行ってはならないと言っているのでしょうか。
 それはモーセがあなた(ヨシュア)に命じた律法です。
 それを守り、行うために、ただ強く、雄々しくあってほしい、と言っているのです。

 神様が、こういうお言葉を語りかけてくださるとき、これを聞いて守り行おうとする者には、強さと雄々しい心を与えてくださいます。
 守り行おうとする心も起こさないものは雄々しさも強さもいただけません。
 ですから前者であるヨシュアは、ヨルダン川を渡ることができたのです。

 最近木曜日の学習会では、列王記(下)を読んでいます。
 普段あまり読まないところでもあるし、王様や、そのほかの登場人物の系図がいまいちよくわからなくて、皆さん苦戦していると思います。
 まして、イスラエルが南北に分かれてるなんて、むずかしすぎるーーーー、と思われているかもしれませんね。

 先週の11章、で「王族であり、祭司の妻となっていたエホシダが、一人の赤ちゃんの王子様を隠し6年間かくまい、殺されずに生きていたおかげで、南ユダ王朝のダビデの血筋がとざされることなく続いた」と、言うところを読みました。皆さんも読んでみてくださいね。

 ここでS姉妹の「一本だ」の言葉に、神のご計画の一本道だけが成っていくんだ。ということを皆で確信し、喜ばせていただきました。
 私たちが離れず、いつも共に居たいのはイエス様です。

 きょうの聖書アプリの「本日の聖句」はこれにピッタリのお言葉でした。

すなわちわたしは、きょう、あなたにあなたの神、主を愛し、その道に歩み、その戒めと定めと、おきてとを守ることを命じる。それに従うならば、あなたは生きながらえ、その数は多くなるであろう。またあなたの神、主はあなたが行って取る地であなたを祝福されるであろう。<申命記30:16>

 すべてのことがつながり、私たちの心を豊かにし、先週号で書いたキャロリン・リーフ博士の「脳を作り変えるみ言葉の力」の映像を思い出すと、脳の神経細胞を、深い緑の森にしてくださっているような気がします。

 神様は私たちを、祝福に導くために、また勝利に導くために、イエス・キリストという一本の道を示されました。

イエスは彼に言われた、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。<ヨハネ14:6>

 この道から離れることなく、右にも左にもそれず、歩んでいきたいですね。主に従うことに雄々しくあれ、強くあれ!(た)
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# by mitiru-takae | 2019-03-06 15:52 | 満ちる | Comments(0)

No.330 人間は神の傑作 2019.2.24

人間は神の傑作

この律法の書をあなたの口から離すことなく、昼も夜もそれを思い、そのうちにしるされていることを、ことごとく守って行わなければならない。そうするならば、あなたの道は栄え、あなたは勝利を得るであろう。<ヨシュア1:8>

 創造主である、父なる神はよいお方です。
 そのお方が作られた人間は、まさに最高傑作で、神自身が「はなはだ良い」と言っているくらいです。

 私は若いころ、紙粘土で人形を作っていました。
 人形を立たせるのは大変です。
 土台に小さなガラスのビンなどを入れていました。
 時には二本足で立たせるために、箸のような細い棒を芯にして、足のように肉付けて立たせていました。

 人間が細い二本足でどうして立って歩けるのか、どうしてそうなるのか不思議ですね。

 人間の生活習慣や、行動、道具の使い方ひとつをとっても、人間を人間のように育てていくのはもちろん人間ですが、体のつくりだけでなく、人を愛する心を持っていることなどは本当に不思議です。

 また、人間が意思を持ったり、言葉を使ってコミュニケーションをとったり、言葉を文字で表現したりできることも不思議です。

 神様は、私たちをご自身に似せて作ってくださいました。
 私たちが持っているものはすべて、神様がはじめから、私たちに備えてくださったものです。手も足も、骨も、目も口も、心もすべてです。

 最近、脳科学者キャロリン・リーフ博士という人の「脳を作り変えるみ言葉の力」という番組をある方から教えてもらい、ユーチューブでみました。
 脳の働く力はすさまじく、1秒に4000億のことを行っているそうです。

 その脳の中に、科学者たちが「脳神経の木」と呼んでいる、まるで木のような神経細胞があるそうです。

 私たちの五感から入って来る情報のすべてで、この木を作っているそうです。脳の中では枝を張り、たくさんの木で森ができているようにみえるそうです。

 この脳神経は300万年以上の記憶を持つことができるそうなのです。
 まさにスーパーコンピューターですね。

 実は博士曰く、この木の一つ一つが、不安に襲われたり、否定的なことを思ったり、口に出していったりすると、真っ黒の枯れたような木になるそうです。

 反対に、肯定的な言葉など、良い思い、特にみ言葉を口にすると、緑色の葉でおおわれた木に変わっていくのだそうです。黒い枯れたような木は溶けていくそうです。

 みなさん、み言葉(聖書のお言葉)で、黒い木を全部溶かしてしまいたいですね。「これは生涯かけて、私たちがしていくことです。」と博士は言ってました。
 
 神様はよいお方です。
私たちをご自分に似せて、善い行いをするように、また聖い思いを持つように作られているので、反対のことをしていると、脳がバランスを失い、霊と、魂と、体はつながっているので、体が、また心が病気になってしまうのだそうです。

もしあなたのくちびるが正しい事を言うならば、わたしの心も喜ぶ。<箴言23:16>

 毎日のストレス、いやな思い、間違いなどによって真っ黒になった脳内の神経の木がすべて緑色に変わるように、みことばを告白していきましょう。

 みことばは、私たちの力となります。神様の権威そのものです。(献堂40周年記念に発行した釘宮義人師の『告白の力』を、何度も読んでほしいと思います。)
 
 今日もすべての罪を主のもとに持っていきます。
 イエス様は、私の罪も病も、すべてを十字架上で清算してくださいました。
 「今日の罪は今日一日で充分です。」と言ってくださるイエス様に感謝し、リセットされた心で明日の朝を迎えましょう。ハレルヤ!(た)
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# by mitiru-takae | 2019-02-28 23:03 | 満ちる | Comments(0)

No.329 (大分ローカルギャザリングから) 煙のにおいがしない/私は強い人、それとも弱い人 2019.2.17

(大分ローカルギャザリングから)
煙のにおいがしない

総督、長官、知事および王の大臣たちも集まってきて、この人々を見たが、火は彼らの身にはなんの力もなく、その頭の毛は焼けず、その外套はそこなわれず、火のにおいもこれに付かなかった。<ダニエル3:27>

 「『煙のにおいがしない』というのは、信仰ゆえにダニエルの友3人が、炉を平常よりも七倍熱くした中に投げ込まれるという箇所からの話です。
 彼らがこの火の穴から出てきたとき(信仰を持ち続けつつ試練を通った時)に、その火による煙のにおいもついてないということなのです。
 聖霊の力によって、その試練の痕跡がなくされる。」

 以上は、チェジュ島でおこなわれたギャザリングでの体験を話しながら、ヨアンナ師が語ってくださったお言葉です。

 アートチームに来てみないかと誘われたとき、ヨアンナ師は私にも言ってくださいました。

 「あなたは、いろんなご苦労がないとは言えない、あったと思いますが、煙のにおいがしないのです。」

 みなさん、煙のにおいがしない人になりたいですね。いつもイエス様の喜び、平安、熱情の香りを身に着けていたいと思います。

 今回のギャザリングは「かぐわしいイエス・キリストの香り」でした。
 どんな高い香水よりもかぐわしい、イエス・キリストの香りを身につけていましょう。

 「満ちる」ギャザリング特集は今回で終わります。
 3月の京都でのギャザリングを期待しています。ハレルヤ!(た)



私は強い人、それとも弱い人

 弱いときにこそ強いって言いますけど、ほんとに弱くていいのですか?
 神様は弱い私が好きなのですか?

だから、わたしはキリストのためならば、弱さと、侮辱と、危機と、迫害と、行き詰まりとに甘んじよう。なぜなら、わたしが弱い時にこそ、わたしは強いからである。<第二コリント12:10>

 聖霊様がわたしに言ってくださるとき、そのお言葉は「時にかなって美しい」のですね。
 イエス様はいつも、私たちに本当の強さを持ってほしいと、願っています。
 しかしそれは人間の思いや頑張りだけでは、まだまだ、本物ではありません。

神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからである。<第一コリント1:25>

 「弱いとき」と一言で言いますが、しかし、ナヨナヨッとして優柔不断で、何も言えず、「私は弱くて何もできないから‥・・・」と言っている人のことではありません。
 困難が来ると立ち向かえることができる人、負けるかもしれない戦いでも勇敢に戦える人、チャレンジしていくことができる人です。

 このような人は、自分の持っている最高の知恵や力を出しても及ばない、また自分の思い道理にいかない、そのような自分を出し尽くすことができる人ともいえます。
 このような人こそ、本当に自分の力のなさを知る者です。
 自分の力を出すのをためらう人は、力がどれくらいあるのかさえ分かりません。

 「キリストのためならば弱さと―――――行き詰まりとに甘んじよう。」と言えるパウロこそ、自分の弱さをとことん知った人なのでしょう。
 しかし、できない自分に対して、自分の弱さに甘んじることでさえも、人によってはとても辛いことでもあるのです。弱さも人それぞれです。

 自分の弱さを聖霊様に教えていただきましょう。それを知って神に頼るものこそ、まことの強き人です。
 「私は主にあって強い」と声を大にして言える人となりましょう。(た)
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# by mitiru-takae | 2019-02-28 23:02 | 満ちる | Comments(0)

No.328 (大分ローカルギャザリングから)イエス様の電話番号/一人の早天祈祷会/恵みはまだまだ尽きず! 2019.2.10

(大分ローカルギャザリングから)
イエス様の電話番号

 「子供たちに質問です。」
 「イエス様の電話番号知っていますか?」

 ヨアンナ師は目をくるくるさせて子供たちに聞きました。
 
 「大人の人は知っていますよ。」

 みなさんはご存知ですか?

わたしに呼び求めよ、そうすれば、わたしはあなたに答える。そしてあなたの知らない大きな隠されている事を、あなたに示す。<エレミヤ33:3>

 


一人の早天祈祷会

 「朝6時くらいであったか、ある時、一人でキリストの福音大分教会へと赴いた。すると、そこで見たのは、恵みの座(講壇の前のじゅうたんを敷いてあるところ)で、ひとり座り祈っている釘宮義人先生のお姿でした。」

 と語るのは別府フルゴスペル教会の永野先生です。

 たしかに、父は何年も、ここに一人で早天を続けていました。
 何年も誰も来ない朝、ただ、聖霊様との二人だけの濃い時を普通に自然に、ただ過ごしていたのに違いありません。一日のうちで、一番充実したときであったのかもしれません。

 この時に永野先生は、三教会合同祈祷会を始めようと思いついたそうです。

 そして、この集会は大分ブレッシングと名称を変え、ついにローカルギャザリングとして、大分だけではなく、日本の各地からも神の家族が来てくださるという、素晴らしい集会へと導かれてきたのです。

 たった一人の人の祈りを見たことに始まった、3つの教会の集会が、今のローカルギャザリングという、多くの神の家族の集まりへと拡大してきたのは、素晴らしい神様のご計画と言わざるを得ません。ハレルヤ!


恵みはまだまだ尽きず!

『主が雨を地のおもてに降らす日まで、かめの粉は尽きず、びんの油は絶えない』とイスラエルの神、主が言われるからです」。<列王記上17:14>

 1月14日に開催しました「大分ローカルギャザリング」の恵みはとても大きく、わたしたちの心にきざまれました。

 どうか皆さん、この恵みを受けとることをやめないように、主の恵みを受け取る器を守るために、私たちは日々、祈りつつ、求め続けていきましょう。

 私たちの目には形が違ってみえる器だとしても、土の器なる私たちの小さな心の中にあふれるばかりの恵みをくださる主は、この小さな器を、宇宙のように広げて、無限の命と平安を満たしてくださいます。

 神の恵みは、尽きることがありません。
 イエス様の聖名は、これからの私たちの教会に、また私たちの魂の歩みに決定的な勝利を与え、主の聖名を信じる信仰はますます増え続け広がっていきます。

 日本の各地に流された殉教の血、大分の地に流された素朴な信仰者の殉教の血、そのために苦しんできた多くの魂、浮かばれない罪を抱えて死んでいった殉教者を迫害した人々、多くの悩みと苦しみが、大分を、また日本を苦しめてきました。

 しかし、そのすべてが解放され、癒されて、今、私たちの歩む足元から、主イエス・キリストの信仰による贖いの血潮となって噴出します。アーメン! (た)
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# by mitiru-takae | 2019-02-28 23:01 | 満ちる | Comments(0)