No.568 神の言葉の世界/神の平和の中で生きよう 2023.9.17


神の言葉の世界

神はまた言われた、「天の下の水は一つ所に集まり、かわいた地が現れよ」。そのようになった。
神はそのかわいた地を陸と名づけ、水の集まった所を海と名づけられた。神は見て、良しとされた。
<創世記1:9、10>

 乾いた地が現れた。
 この地を陸と名付け、生きる者たちの住みかとされるのである。水でさえ集めて海とし、後に生き物で満たすようにされるのである。

モーセが手を海の上にさし伸べたので、主は夜もすがら強い東風をもって海を退かせ、海を陸地とされ、水は分かれた。
イスラエルの人々は海の中のかわいた地を行ったが、水は彼らの右と左に、かきとなった。
<出エジプト14:21、22>
 
 モーセの時を思い出してみよう。水はイスラエルの人々の右と左にかきとなって分かれ、そこに乾いた地が現れたのである。
 「さすが!」
 驚くことはない、神は何でもできるお方である。
 地は創造の始めから、私たちのために備えられたものであった。
 神が地を造られたとき、まず必要な物をそこに造られた。

神はまた言われた、「地は青草と、種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ果樹とを地の上にはえさせよ」。そのようになった。
地は青草と、種類にしたがって種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ木とをはえさせた。神は見て、良しとされた。
<創世記1:11、12>

 種のある実、実を実らせる果樹、たくさんの種を持つ草、多くの種類の実を結ぶ木、これらはやがて地の上に住む者の食糧となる。
 全ての生き物には食べ物が必要である。
 マタイによる福音13章には種まきが蒔いた種の話が書かれている。そこでは良い種を蒔くのは主であり、蒔いた種はみ言葉であることがわかる。
 目に見える地には植物など、食べ物となるものをたくさん造られた。しかし、その地に人間を造ろうとされた神は、人にとって、肉であれ、霊であれ、まず必要な物がなんであるかをご存じであった。
 肉にはパン、霊には神のみことばである。
 神に造られた、神の霊を持つ人間は、パンだけでは生きていけないのである。

イエスは答えて言われた、「『人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである』と書いてある」。
<マタイ4:4>

 神によって新しくされたあなたには、もちろん神のみことばが必要であり、それによって成長するのである。神のご計画では、初めから私たちの必要を知っていて、それを用意してくださっているのだ。

初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
この言は初めに神と共にあった。
すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。
<ヨハネ1:1~3>

 今も神が創造されたこの世界には、神の言葉が満ち満ちている。(た)


神の平和の中で生きよう

「恐れるな、わたしはあなたをあがなった。
わたしはあなたの名を呼んだ、
あなたはわたしのものだ。
あなたが水の中を過ぎるとき、
わたしはあなたと共におる。
川の中を過ぎるとき、
水はあなたの上にあふれることがない。
あなたが火の中を行くとき、焼かれることもなく、
炎もあなたに燃えつくことがない。
<イザヤ43:1、2>

 最近の世界の情勢はあえて戦争だという声を聞かずとも、コロナパンデミックといい、火事や洪水等の災害などをニュースで見たり聞いたりすると、不穏な世の中になりつつあると、少しずつ肌で感じるようになってきたのではないだろうか。
 人々が「平和だ、平和だ」と言っているその世界が決して本物の平和でないということは分かっているが、人々は(私を含めて)ついつい、日々変わらない平穏な生活を望み、自分が毎日健康で、おいしい食事をして誰かとお喋りできたなら、これこそ「安寧」の極みであると、そう思っている。しかし私たちの平安と安全はイエス様の中にこそある。(た)
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# by mitiru-takae | 2023-09-16 09:37 | 満ちる | Comments(0)