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No.369 天は笑う 2019.11.24

天は笑う

天に座する者は笑い、主は彼らをあざけられるであろう。<詩篇2:4>

 ダニエル書を学んできて、はっきりと見えたことがある。
 神の計画に従って、歴史は進んでいくという事実だ。
 今までも、今も、これからも、確実に神のマスタープランは揺るがない。

 最後に軍配が上がるのはどちらなのか、神の側かサタンのほうか、一番よく知っているのはサタンどもである。
 故に、イエスを神と信じる者たちを少しでも削るために、日々邁進している。

 それを見て、天はあざ笑う。

 主イエスの十字架がゴルゴタの上に立った時、勝ち誇ったサタンの軍勢は、シオンの丘はわれらのものだと、息巻いたことであろう。
 しかし、このあと主イエスの勝利はサタンの意に反して確定する。

 流された血潮は無駄ではない。

 この血潮は、いま生かされている私たちのためである。
 終わりの時に、聖いイエスの義の衣を着て最後の審判を受けるためだ。
 また、イスラエル人と異邦人とが共に主の食卓にあずかるためだ。

 神はそのために私たち異邦人を最初に肉のイエスを知ったオリーブの木である弟子たちの上に接ぎ木してくださった。

 この接ぎ木された信仰こそ、イエス・キリスト自身の信仰である。

 終わりの時が必ず来ると知っているものは幸いだ。
 ダニエルに告げた御使いの言葉は、あまりにも怖い内容である。
 まだ見もしない、アンテオコス4世エピファネス(特に終わりの反キリストについて)の話は、あまりにショックなことではなかったであろうか。
 当時ダニエルには名前もなにもわかっていない、まだまだペルシャのクロス王の時代に生きていた頃のことだ。

 私たちは御使いの言葉に、歴史上の人名を入れてダニエル書11章前半を見ていくことができる。それは過去のことだからだ。
 しかし、反キリストや、終わりの時のことはまだ、私達にもわからない、未来のことだ。
 しかし、必ずその時は来る。

これらの指導者の何人かが倒されるのは、終わりの時に備えて練り清められ、純白にされるためである。まだ時は来ていない。<ダニエル11:35【新共同訳】>

 定まった時が来るまで、反キリストらの巧言を見抜き、目覚めた人々は、自分を練り、清め、白くするために倒され続けるのだろうか。
 しかし、最終的には、イエスを、救い主とあがめ、信じる者は、命の書の中に名前があり、御座の前に立つ者たちだ。
 私たちがもし、このような時まで生きていたならば(その前に御国に帰りたい)最後まで耐え忍ぶものは幸いだ。
 終わりに至り、サタンとその支配下にあるものはみな滅びる。

彼は海と麗しい聖山との間に、天幕の宮殿を設けるでしょう。しかし、彼はついにその終りにいたり、彼を助ける者はないでしょう。<ダニエル11:45>

 私たちは今というこの機会を与えられている。
 それは神を知り、イエスを主と仰ぎ、ほめたたえるためである。
 主イエスを賛美するものは、永遠の御国の住人である。

 ダニエルが見た幻や天使の声を、今の私たちが聖書を通して、目で見たかのように、又自分の耳で聞いたかのように知ることができるのも、時が来たということであろうか。

 神の時は私たちの目の前まで来ている。
 そしてそれは、神とともに最後に笑うものとなる、私達にとって最高の時なのだ。(た)
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by mitiru-takae | 2019-11-27 20:37 | 満ちる | Comments(0)

No.368 愛が湧くところ/天国の宝 2019.11.17

愛が湧くところ

この貧しい人がついに死に、御使たちに連れられてアブラハムのふところに送られた。金持も死んで葬られた。
そして黄泉にいて苦しみながら、目をあげると、アブラハムとそのふところにいるラザロとが、はるかに見えた。<ルカ16:22~23>

 去る11月10日(主日)、在天者祈念礼拝と、別府霊園にて墓前礼拝が行われた。

 在天の釘宮義人牧師以下、白布をかけた机の上にずらりと写真が並ぶ。この礼拝室でかつて大声で祈り、泣き、笑い、飛び跳ねて踊っていた思い出深い面々である。
 身が引き締まる思いで、先人たちの信仰を思い起こしていく。感謝!
 また、天国での毎日がどんなであるか、聞いてみたいものである。

 さて、久し振りに来会してくださった在天者のご家族の方々の笑顔が、この日は特に嬉しく感じた。
 やはり教会は嬉しいところ、楽しいところだ。
 なぜって、イエス様の愛があるからだ。
 思いやりも、慰めも、励ましも、喜びも、すべて神から出たものである。

 ルカによる福音書の中に、金持ちと、貧しく全身でき物でおおわれて、この金持の玄関の前に座っていたラザロという人が、二人とも死んだ話がある。
 二人の行ったところは黄泉(よみ)である。

 金持ちは、黄泉で苦しみながら目を上げると、アブラハムとそのふところにいるラザロとが、はるかに見えた。
 「ラザロをつかわして、私の舌を水で冷やしてください」とアブラハムに頼むが、あっさり断られる。
 その理由が、「あなたは生前良いものを受け、ラザロは悪いものを受けた。それにここからそこには行けない。」というのだ。
 黄泉において、ラザロは金持ちとは違い、慰められるのだ。
 黄泉に二つの場所がある。慰めの場所と、火の燃える苦しみの場所だ。
 金持ちは、苦しみの場所にいたのだ。

 ラザロは、「何か良いことをした」とか、「神に祈って嘆願したから」などとは、何も書いていない。
 彼がしたことといえば、「悪いものを受けた」こと、「貧しく、病をもっていて、苦しんだ」ことである。
 しかし、ラザロは幸いだ、本物の慰めを受けるからである。
 
 金持ちはどうだろう。
 彼はアブラハムの言葉に、自分の罪を認めざるを得ず、自分の兄弟たちの救いを求めた。
 私はこれが地獄と黄泉の決定的な違いだと思う。
 なぜなら地獄には愛などという、思いやりのかけらも、まったくないところだからだ。あるのはただ、黙示録に書いている火の池であり、第二の死があるだけである。

義に飢え渇く人々は、幸いである、その人たちは満たされる。<マタイ5:6>

 黄泉には、愛を取り戻すチャンスがある。
 だとすると、いま私たちが生きている地上は、もっともっと、愛が溢れる希望があるところなのだ。
 自分の罪を認め、知ると、私たちは義に飢えかわく。
 イエス様を求める魂の渇きが起こってくるのだ。ハレルヤ!(た)


天国の宝

 天にある私たちの家には、地上での私たちがいただくはずの宝がたくさん用意されている。

 S姉妹は、今まで、あまりにも祈ってなかったので、この宝を受け取れていなかったこと気付いた。
 その時、姉妹に新しい賛美が与えられた。なんという祝福だろう。

 礼拝の中で、姉妹の証の後、皆で賛美した。とにかく、歌いだしたら止まらない賛美である(笑)。祝福、祝福。

 「天にあるすべての祝福 祝福 祝福
  天にあるすべての祝福 私のものよ~♪」 (た)
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by mitiru-takae | 2019-11-20 09:58 | 満ちる | Comments(0)

No.367 天国の夢を見よう 2019.11.10

天国の夢を見よう

彼はわたしに言った、「大いに愛せられる人ダニエルよ、わたしがあなたに告げる言葉に心を留め、立ちあがりなさい。わたしは今あなたのもとにつかわされたのです」。彼がこの言葉をわたしに告げているとき、わたしは震えながら立ちあがった。<ダニエル10:11>

 神を顕すような壮大な姿の幻を眺めていたダニエルであったが、これを見ているのはダニエル一人であった。
 共にいた人々は、目には見えてないのだが、強い恐怖に襲われて逃げだし、隠れてしまった。

 ダニエル自身も力が抜けるわ、姿が変わり果てるほど打ちのめされるわ、ついに気を失ってしまったというのだ。
 ダニエルには何やら話す声が聞こえてくるのだが、それを聞きながらも意識を失ってしまい、ついには地に倒れた。

 旧約時代の預言者の前に神が現れるときは、畏れが伴い、なかなか、仲の良い友人が来た時のような対応は出来ない。
 この時ダニエルが会ったのは受肉前のイエス様であったと思えるが、幻とは言えなんとも命がけの会見のようだ。

 かのヘンリー・グルーバー先生は、「ホテルに帰って、扉を開けると、イエス様がニコニコして立っていて、その後、二人でダンスをした。」のだそうだ。
 新約時代のイエス様はなんと、楽しい、私たちの友のようなお方だ。

 地に倒れたダニエルに戻るが、この時突然、一つの手が自分に触れ引き起こしてくれたようだ。
 この手は、ガブリエルであろうか、天使の手であろう。
 ダニエルはやっと、手と膝をついて体を起こすことができたのだ。

 この時の天使の言葉は、実に私たちをほっとさせてくれる。
 「大いに愛せられる人ダニエルよ、・・・」
 ダニエルは震えながら立ち上がった。
 私たちも、「なんと、天使たちに励まされていることか。」と、神に感謝したい。

 私自身も、中学1年生の時、夢の中で、天使に編み物の手法をがっつり教えてもらったことがある。
 夢は私と神の間の素晴らしいコミュニケーションの時である。
 脳科学者によると、私たちは、神と、コミュニケーションをとることができる脳神経伝導物質をすでにいただいているらしい。

 先日、6時間もかけてある手術をした姉妹がいる。
 午後から手術というので、姉妹の入院している病院へと出かけ、共に祈った。
 病室で二人、手を取り合って話したり祈ったりで、短いが楽しい時を過ごせた。

 この後の、手術の麻酔がきいていた時に姉妹が見た夢のことを、次の主日礼拝の後、話してくれた。

 「私の目の前に、真っ白のきれいな教会があった。
 なんて美しいんだろうと、じっと見つめていた。
 そこには、白い服を着た女の人が二人いた。
 右手には滝があり、水は川となって流れていた。
 主人が私の前に立って私を呼んでいたが、私は 『イエス様感謝します』と大きな声で感謝して(こんなに大きな声でお祈りしたことは今までなかった)、お酒を飲んでいたので『まだ行かない』と言った。
 そのあと主人は教会のほうに行って消えた。
 そして目が覚めた。」

 麻酔にかかっているとき、姉妹は大きな声で何かを言ったらしい。何と言ったのか知りたくて、聞いていた看護師さんを探しているとのことだ。
 姉妹は、美しい教会を見ながら「10年」と思ったらしく、もしかすると、10年後にはこんな教会が建っているのかもしれませんね。…このように手術中の麻酔の中で夢を見せてくださった主に感謝ですね。
 
 私達も夢を見よう。故義人牧師はよく「夢が変わればあなたが変わる」と言っていた。(普通は「あなたが変われば夢が変わる」かもしれないが父の場合は違う)

 天国の夢を見よう!わっはっは! (た)
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by mitiru-takae | 2019-11-12 16:49 | 満ちる | Comments(0)

No.366 あなたが祈りを始めたときから 2019.11.3

あなたが祈りを始めたときから

わたしに告げて言った、「ダニエルよ、わたしは今あなたに、知恵と悟りを与えるためにきました。
あなたが祈を始めたとき、み言葉が出たので、それをあなたに告げるためにきたのです。あなたは大いに愛せられている者です。ゆえに、このみ言葉を考えて、この幻を悟りなさい。<ダニエル9:22、23>

 私達が初めて神に向かって祈った時のことを覚えているだろうか。

 主イエスを知る前は、年に一度、お正月などに神社に行って、手をたたいてお願いごとをしていたかもしれない。
 また、神棚や仏壇に手を合わせて、お願いごとをしていただろう。

 お願い事、つまり無病息災であるように。
 また、商売が繁盛するように。
 病気が治るように。

 人間の側の要求を願う祈りは、クリスチャンであっても、偶像であってもあまり変わらないと思う。
 しかし、人の作った神が、何と答えてくれるのだろうか。

 もともと人間の作ったものが、人間以上に成り得るはずがない。
 粘土や木や鉄で作ったものが人に奇跡を起こしてくれるだろうか。
 癒しや平安が、祈る人の心にもたらされるだろうか。

 ただ、人は、自分では気が付いていなくても、神を求める心を持っている。
 神を知る霊をもって生まれてきているのだ。

 だから気が付けばいいのだ。
 主の方に振り返って見る。

 私はクリスチャンホームで育った。
 故に神の存在は疑う余地もなく、ただ純粋に神がいることを信じていた。

 しかし、子供のころはイエスというお方に向かって祈るということはなかったように思う。
 
 本当は主イエスはいつも私のそばにいて、励まし、支えていてくださっていたはずだ。
 私は気づいていなかっただけである。

 しかし私たちはある時、主イエスに出会う、又出会った。
 ダニエルのように強烈な幻を見たり、電撃のような啓示を受けたわけではないが、「はっ」と神の存在を思い出すようにして、主イエスを心に受け入れたのだ。
 その時から、祈りは偶像にではなく、神に向けられた。

 私達が初めて神に祈り始めた時から、神はそれを聞き、知り、み言葉を用意してくださっている。
 祈るたびに、いつも、変わらず、聞いてくださり、すべてを最善とするため、すでに主ご自身が働き始めてくださっている。
 
 初めて「イエス様――」と祈りの言葉を口から出した時のように、神への純粋な思いをもって、再び切に祈り求めよう。
 今も、昔も変わらず、心の中に語りかけてくださる神の言葉を感謝しつつ、リバイバルを期待して、ハレルヤ!

 天使たちの助けをも、いつも用意してくれる私たちの主に感謝しよう。

かの人ガブリエルは、すみやかに飛んできて、夕の供え物をささげるころ、わたしに近づき、わたしに告げて言った、「ダニエルよ、わたしは今あなたに、知恵と悟りを与えるためにきました。<ダニエル9:21、22>
 
 今の私達には、天使ガブリエルは来なくても、神からの直接な答えが聖霊によって即座に用意されている。
 直ちに受け取れるようにいつも祈り、天と地を繋ぐ道をサタンにふさがれないようにしようではないか。

 そうだ、勝利する!
 私たちを愛してくださる主によって、私たちはすべての事において勝ち得て余りがある!(た)
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by mitiru-takae | 2019-11-05 18:01 | 満ちる | Comments(0)