【満ちる】No.696 神との出会い 2026.3.1

神との出会い

一つの所に着いた時、日が暮れたので、そこに一夜を過ごし、その所の石を取ってまくらとし、そこに伏して寝た。
<創世記28:11>

 ヤコブは、石を枕にし、そこに伏して寝た。母リベカの兄ラバンのところに行く途中のことである。
 かつては、父イサク自身の妻を探すのに、アブラハムの家令が、祈りながら進んだ、行き先も同じパダンアラムへの道であったが、ヤコブにとっては初めての一人旅。この先の不安と孤独の旅が、石のまくらに象徴されている。

 ラバンの娘を妻にめとりなさいとの父イサクの言葉で家を出てきたのだったが、実は兄エサウから逃れるためでもあった。
 この先に何があるかわからない不安も、ヤコブにとっては乗り越えるべき、試練であったのだろう。
 神はヤコブを忘れることはない。いつもそばにいて導いてくださる、そのことをこの旅で知ることとなるのである。

時に彼は夢をみた。一つのはしごが地の上に立っていて、その頂は天に達し、神の使たちがそれを上り下りしているのを見た。
<創世記28:12>

 私たちもよく雲の間から漏れる太陽の光が、地上に降り注ぐのを見て「あ、ヤコブのはしご」と叫んだりする。夢ではあったが、神からの啓示であった。

そして主は彼のそばに立って言われた、「わたしはあなたの父アブラハムの神、イサクの神、主である。あなたが伏している地を、あなたと子孫とに与えよう。あなたの子孫は地のちりのように多くなって、西、東、北、南にひろがり、地の諸族はあなたと子孫とによって祝福をうけるであろう。わたしはあなたと共にいて、あなたがどこへ行くにもあなたを守り、あなたをこの地に連れ帰るであろう。わたしは決してあなたを捨てず、あなたに語った事を行うであろう」。
<創世記28:13~15>

 夢での神の言葉は、アブラハム、そしてイサクに告げられたと同じ神からの約束であった。
 ヤコブは、神が自分といつも共にいてくださることを知らなかった。それで、驚くというより、神を恐れたのである。

「これはなんという恐るべき所だろう。これは神の家である。これは天の門だ」。
<創世記28:17>

ヤコブは朝はやく起きて、まくらとしていた石を取り、それを立てて柱とし、その頂に油を注いで、その所の名をベテルと名づけた。
<創世記28:18、19>

 この時から、神への信頼という石の柱のように不動な人生の道しるべを得たヤコブは、パダンアラムへとしっかり進んで行ったことだろう。

 「ひと足、ひと足・・・」と私たちが聖歌を歌いながら進むように、神に委ねた足取りは、遠くても、疲れても、うまず、たゆまず、前進できるはずである。

 ヤコブが気付いた神の存在は、はなはだ近いものであったが、いつも天の御国と繋がっているとは、思いもよらぬことであった。
 しかし神は、いつも私たちのそばにも、驚くほど近くにいるし、呼べばすぐに答えてくださる。(た)
【満ちる】No.696 神との出会い 2026.3.1_c0265111_17184039.jpg
〔釘宮孝枝〕






by mitiru-takae | 2026-02-28 20:37 | 満ちる | Comments(0)
<< 【満ちる】No.697 ピラト... 【おしらせ】2026.3.1 >>