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No.503 二人だけの記憶 2022.6.19

二人だけの記憶

「主のしもべモーセがあなたがたに命じて、『あなたがたの神、主はあなたがたのために安息の場所を備え、この地をあなたがたに賜わるであろう』と言った言葉を記憶しなさい。<ヨシュア1:13>

 「新しい記憶を構築していけない、重ねていけない」一過性全健忘という症状を経験して、私たちの記憶なるものの不思議さを、改めて考えさせられた。
 私たちが色々なことを認識できるのは、一瞬一瞬新しいことを記憶していっているからだ。それは編み物の目のように、積み重ねられていき、私の思い出を作り上げていく。

 時に忘れることもある。
 「古いことは忘れていかなければ、脳はスペースが少なくなって、新しいことを覚えていけないよ」と子供のころ聞いたことがある。
 人間の脳はそんなキャパの小さいものではない、いくらでも詰め込んでいけるものだよ。との反論も聞いた。

 とにかく一旦覚えたものを、思い出す、とか、忘れる、とかの話は理解できるし、可笑しいがよく経験することである。
 ところが今回の体験は、本当に不思議であった。
 皆さんはパラレルワールドという言葉を聞いたことがあるだろうか。

パラレルワールド(Parallel universe, Parallel world)とは、ある世界(時空)から分岐し、それに並行して存在する別の世界(時空)を指す。並行世界、並行宇宙、並行時空とも言われている。 ―以下略― (ウィキペディアより)

 私自身、新しい記憶を重ねていけないので、その間は、私にとっては記憶どころか、時間も存在もないのである。
 ところが、おなじ時に私には何も無いのに、一緒に居た、妹や他の人々の目には私は普通に存在しているのである。
 まさにこれはパラレルワールドで、私の世界とは違う他の人たちの世界が存在するのだと肌で感じた。

 私には私の世界が存在し、その他の一人一人にも世界が存在している。
 接触して同じ時間を共有しているようだが、今回の私のように、自分の存在がない時空間が生まれると、やはり別々なんだな、と思わされる。

 この自分一人の世界に、ある時、もう一人いらっしゃるのがわかるのである。
 イエス様だ。
 私の記憶は、イエス様と二人で構築して重ねていく記憶なのである。
 私がたまに忘れてもイエス様のほうには残っていて、イエス様が思い出してくださるので安心である。
 私の生きている世界では一瞬一瞬イエス様と二人だけの宝の記憶が積みあげられていく。
 これが天の宝だ。祝福だ。
 なぜなら倉庫は天の国にあるからだ。イエス様が創ってくださった、天の住まいには、イエス様と私が作り上げた 「記憶」という宝が、山のようにあるのだ。
 素晴らしい―――。

 父が「信仰とは記憶だ」と言及したところが日岡だよりにある。
 
 『勿論、クリスマスとは――中略――私たちが、それぞれ個人的確信として私たちの内にイエス様の誕生を記憶しているか、どうかということです。
 こんなことを言い出すと驚かれるでしょうが、ある意味で信仰とは記憶であります。あなたは、イエス様をあなたの救い主として受け入れた時のことを記憶していますか、この記憶がなければ、あなたには信仰が無いということになります。』(【日岡だより・釘宮義人 №364】より抜粋)

 なるほど、記憶がないのは、無に等しい。
 忘れた・・・・のではなくて、新しく創られたものがない状態である。

 またしても父は、2、30年も前から、すごいこと言うんだなと、敬服した。
 1994年の週報や、小冊子「信仰の確かさ」の中でも言及しているので、お持ちのかたは読んでほしい。

 さあ、私たちは毎日を無駄には出来ない。何故って、存在も時間も無くなるのは嫌だから、しっかり、イエス様との記憶の更新をしていかないといけない。
 それは神の言葉によって記憶する。
 イエス様と二人だけの新しい記憶を、今日も作って重ねていこう。(た)

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by mitiru-takae | 2022-06-18 23:45 | 満ちる | Comments(0)
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