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No.440 祝イースター 私たちも復活! 2021.4.4

祝 イースター
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すなわちキリストが、聖書に書いてあるとおり、わたしたちの罪のために死んだこと、そして葬られたこと、聖書に書いてあるとおり、三日目によみがえったこと、ケパに現れ、次に、十二人に現れたことである。<第一コリント15:3~5>


私たちも復活!

すなわち、ひとりの人の不従順によって、多くの人が罪人とされたと同じように、ひとりの従順によって、多くの人が義人とされるのである。
<ローマ5:19> 

 アダムとエバが初めて、神様の命令に背いたとき、彼らの意志の力がサタンの支配下となり、感情を制する力を失ってしまった。それは彼らの霊の死であった。(釘宮義人著「告白の力」参照)

 少し短くまとめて書いたのだが、最近ここを読んで感動した。
 というのも、イエス様がどうして十字架という、神に呪われる最悪の道を選ぶことができたのか、と考えながら読んでいたからである。

 もちろん神ならば、何でもできるのであるし、そのために、人間として生まれてくださったわけであるから、当然と言えば当然、また、それが神様のご計画であるのだからイエス様は神様のご意志に従ったのだ、ということである。

 だが父の著書を読んで、イエス様が完全な人間であるということに改めて気づき驚いたのだ。
 始めに創られたアダムの中には、神の息が生きていたのだが、意志の力はそのなかにあったのだ。

 「神の意志の力」はイエス様の中に生きている。
 イエス様の従順は、完全に、神様の意志そのものであった。
 このイエス様の従順によって、御子を信じる者が義とされるのである。
 
 アダム以来サタンに支配されたままの人間であれば、神の言葉に対しての従順という自制はきかないのである。
 父の言う、感情を制御する力を失っている状態ということである。

 そういえばよく、父は言っていた。
 御霊の実が9つあるが、私たちはまず、最後の自制ができれば、あとの実も実行できる。
 霊的な死を蹴散らして、御霊の実をすべていただこう。
 そのためにいつも告白しよう。
 サタンに支配されていたものを、すべて取り返そう。


しかし、御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制であって、これらを否定する律法はない。<ガラテヤ5:22、23>

 私たちがイエス様のように神に従順であるということは、私の中で神の意志が生きているということだ。
 自制は神の力だ。

 毎日がイースター!
 神の意志の力を取り戻そう!(た)
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by mitiru-takae | 2021-04-04 16:08 | 満ちる | Comments(0)
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