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No.340 平成最後の春の聖会・雨の日の焼肉会 2019.5.5

平成最後の春の聖会・雨の日の焼肉会

 「いやしと祈り」のテーマで聖会が始まった。

 「癒しは全権神の側にある」と言いつつも、私たちは癒されない時、不信に陥ったりもする。
 他人事であれば、強気でとりなしもできるがいざ、自分のこととなると、弱気になってしまう。ただ、だからと言って気落ちすることはないのだ。

 私たちの身に起こってくることを通して、自分の弱さを徹底して知ることにより、イエス様に本気で頼っていける。
 神の他に頼るものはない、これこそ信仰ではないか。
 だからこそ、病気も悩みも、苦労も心配事も、実は「信仰の種」だ。

 種は死ぬことによって新しい芽を出す。
 殺すためには水をまく。
 これこそ祈りではないか。
 まさに「幸ならぬまがもなし」ということになろう。

 今回の聖会で得たものは、「自分でできないことでもイエス様と、神の家族が執り成してくれる」という、まず自分が出来ることを行う前の第一の難関を突破する素晴らしい方法と、考え方だった。

 「イエス様と、神の家族のとりなしが、私を助けてくれる力だ」
 「祈る力が湧いてくると、告白できる」
 「主を信じることは心から主を頼り切ってしまえること」
 「聖書的たてまえを告白しながら、自分の本音を少しでもそれに近づけよう」
 などなど、である。

 言いたい放題の癒しについての思いを、主のみ前に赤裸々にならべたてたレジメとでもいおうか、そのコピーをたたき台にして皆で、研鑽してみた。
 みなよく意見を出したし、一人も心を背ける者もいない、結果、神の家族の心の深みを五感で感じ取れたといっても過言でないくらい、神のご計画と御心をかじることができたと思う。

 私たちは、癒しであれ魂の安らぎであれ、主が私にしてくださったことを知るならば、次のみ言葉がぴったりくる。

あなたはすべてのことをご存じであり、だれもあなたにお尋ねする必要のないことが、今わかりました。このことによって、わたしたちはあなたが神からこられたかたであると信じます」<ヨハネ16:30>

 ところで、モーセの律法の話が出たときのことです。
「律法の数の613は裏返すとヨハネ3:16ですね」と言ったW姉妹の言葉に、思わず、「本当だ」と声を上げてしまった。

神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。<ヨハネ3:16>

 私たちが平安で、健やかに過ごすことは神のみ心であり、それどころか、永遠の命を私たちに与えてくださるためには、ご自身の命さえ惜しむことがなかったお方だ。ハレルヤ!

 魂と心の愛さんがひとしきり終わると、次は私たちの食欲を満たしてくれる「肉の糧」、焼肉会である。

 外で火をおこし、いつものようにバーベキューをするところであったが、この日は恵みの雨だった。

 なんと素晴らしいシェフのいる教会であろうか。
 腕まくりもかいがいしく、次々と、ホットプレートの上に、野菜、肉などを載せていく。
 連係プレーは素晴らしいものだ。
 あっという間に、おいしそうな焼肉をいただく用意ができてしまった。

 あいにくの室内での焼肉会となったが、これも用意の手間が省けるし(と言っても自分は何もしないのであるが)みんなが揃って食べることができ、机を囲んで一つのところでの愛さんの時となり、最高であった。

 「イエス様を愛して信じる者が集まって、同じものを食す」
 復活後のイエス様と朝食を共にした弟子たちの喜びが、伝わってくるようだ。(た)
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by mitiru-takae | 2019-05-07 19:41 | 満ちる | Comments(0)
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