No.335 新しい歌を歌え 2019.3.31

新しい歌を歌え

<詩篇第149篇>
ハレルヤ。
新しい歌を主に向かって歌え。
主の慈しみに生きる人の集いで賛美の歌をうたえ。
イスラエルはその造り主によって喜び祝い
シオンの子らはその王によって喜び躍れ。
踊りをささげて御名を賛美し
太鼓や竪琴を奏でてほめ歌をうたえ。
主は御自分の民を喜び
貧しい人を救いの輝きで装われる。
主の慈しみに生きる人は栄光に輝き、喜び勇み
伏していても喜びの声をあげる。
口には神をあがめる歌があり
手には両刃の剣を持つ。
国々に報復し
諸国の民を懲らしめ
王たちを鎖につなぎ
君侯に鉄の枷をはめ
定められた裁きをする。
これは、主の慈しみに生きる人の光栄。
ハレルヤ。   

 ハレルヤで始まり、ハレルヤで終わる詩篇です。
 口ずさみたい気分になります。

 口には賛美。手には両刃の剣。
 主を賛美しつつ、敵とその支配下にある国々に立ち向かうダビデたちのように、私たちも日々、主とともにあってサタンと、その支配下にある悪霊どもに勝利していきます。

 5節の言葉は衝撃的です。
 「伏していても喜びの声を上げる」
 病気で苦しんでいるときに、「無理だとしてもなお顔を上げて、ハレルヤといいなさい」と言っているわけではありません。
 主の慈しみを知っている人は、自分の苦しみの姿を隠すことなく、主のみ前にその醜態をもさらすことのできる人です。

また、御使いは言った。「この人の頭に清いかぶり物をかぶせなさい。」彼らはヨシュアの頭に清いかぶり物をかぶせ、晴れ着を着せた。主の御使いは立ち続けていた。<ゼカリヤ3:5>

 神の前に、燃えさしのような状態の大祭司ヨシュアと、その右に立って彼を訴えようとしているサタンがいるという光景です。(ゼカリヤ書3章参照)

 主はサタンの訴えを退き、ヨシュアに、晴れ着と、清い被り物を与えてくださいました。
 わたしたちは、人前で自分を取り繕い、よく見せようとします。しかし、ヨシュアのように、ありのままの姿で、神の前に立つならば、その様子がとてもひどいものであったにしても、神は表面に惑わされません。

 律法学者たちのようでなく、ただ神をよりどころとする者に対して、神は晴れ着と冠をくださいます。

 自分を義とする(正しいとする)のではなく、イエス・キリストの義をいただいて、偽善者のようではなく、神様の前に正しい人となることが信仰による義人です。

 この信仰こそイエス・キリストの信仰そのものです。
 くどいですが義=イエス・キリストです。

 イエス・キリストを着て、初めて、私たちは天国人と認められるのです。

 新しい歌、それはイエス様を心から喜ぶ私たちの口に授けられたものです。

 先週の日曜日はS姉妹の口に与えられた歌を賛美し礼拝しました。
 踊りました。
 楽器も、声も、私たちの体も、ともに主を賛美しました。

 主は私たちをとても喜んでくださり、心の貧しい私たちを、慈しみ、輝かせてくださいます。
 たとえ、病や困難で伏しているときでも、私の心に喜びをくださるお方です。(た)
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by mitiru-takae | 2019-03-31 23:01 | 満ちる | Comments(0)
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