No.302 ごらんなさい ~イエスが共に住む人たち~ 2018.8.12

ごらんなさい
~イエスが共に住む人たち~

すると、イエスは彼らに答えて言われた、「わたしの母、わたしの兄弟とは、だれのことか」。
そして、自分をとりかこんで、すわっている人々を見まわして、言われた、「ごらんなさい、ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。
神のみこころを行う者はだれでも、わたしの兄弟、また姉妹、また母なのである」。<マルコ3:33~35>

 今日、私たちの教会に、イエス様が入ってこられて、会堂はぎっしりと埋め尽くされ、皆が癒しと解放の期待に瞬きもせずに息を殺している…と、そんな状況であったならば、どうでしょう。

 想像してみるだけで、なんと素晴らしい光景だろうかと、ワクワクしてきます。

 イエス様の周りはいつも、期待に満ちた人々で埋め尽くされていたに違いありません。そして、その一人一人には、それぞれの家族や、大切な人々がいたに違いないですね。

 イエス様にもこの地上においての家族がいました。
 父ヨセフは早く召されたかもしれませんが、母のマリヤ、そしてイエス様の兄弟たちです。
 ついこの間まで、共に暮らしていたのでしょうが、突然イエス様は家を出て、バプテスマのヨハネのところに行き、バプテスマを受けると、そのまま家に帰らず、荒野へと行ってしまわれたのです。
 このあと、イエス様がマリヤたちのところへ帰ったならば、まあ、問題はないわけです。しかし「神の子イエス」にとっては、帰るべきところはマリヤたちがいる家ではありません。
 
 イエス様は、この地上に「私には枕するところがない」と言われました。
 イエス様がこの地上で本当に枕したところは、十字架の上でした。

ではイエス様の住まわれる家とは、いったいどこでしょうか。

ときに、群衆はイエスを囲んですわっていたが…<マルコ3:32前半>

 このイエス様を取り囲んでいる人々を見まわしました。
 そして「ごらんなさい」と言われたのです。
 群衆と書いていますから、とにかく大人数でしょう。
 家の中に入りきれないほどの人々もいたのかもしれませんが、イエス様に一番近いところに、イエス様を囲んで座っている人々を見回していいました。「神のみこころを行う者はだれでも、わたしの兄弟、また姉妹、また母なのである」

 神のみこころを行う者は誰でも、イエス様の母、兄弟といいますが、果たして、私たちは神の御心を行うものであるでしょうか。
 イエス様は、私たちを見まわして、「ごらんなさい」と言ってくださるでしょうか。

 私たちが優秀な人であるのでイエス様は「私の母、兄弟」と呼んでくれるのではありません。ただ、何もわからずとも、ただイエス様に期待しているだけです。

 また、希望をもってイエス様の周りに集まっています。
 どこまでもついて行き、イエス様から離れないでいると「必ず癒される、罪より解放される」と信じ続けることができるようになります。

 イエス様のそばにいるということが一番大切なことでしょうか。それが真の家族だと思うのです。
 たとえイエス様を知らない人たちであっても、家族は互いに助け合い、愛し合うのですから、神の家族はなおさらです。

 イエス様が住まわれる家、それは、私たちの魂のど真ん中です。

あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか。<Ⅰコリント3:16>

 神の家族、それはいつもイエス様が共に住む人たちのことですね。
 「ごらんなさい」とイエス様はあなたを指して言われます。(た)
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by mitiru-takae | 2018-08-31 23:01 | 満ちる | Comments(0)
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