No.300 力を奮い起こせ (満ちる第300回記念号) 2018.7.29

力を奮い起こせ
(満ちる第300回記念号)

しかしダビデはその神、主によって自分を力づけた(ダビデはその神、主によって力を奮い起こした【新共同訳】)。<サムエル上30:6>

 いよいよ「満ちる」も、300回を迎え、よくやってきたなあと思う半面、まだまだこれからだなあとも思います。これからも、力を奮い起こして、主によって励んでいきたいと思います。

 牧師按手礼5周年記念礼拝も同じ時期に迎えることができ、とてもタイムリーでした。
 礼拝司会の妹が新生教会の5歳の誕生日だと言ってくれた時には、本当に感無量でした。
 ほんとだ、父帰天から約6年、なんかやっと父を安心させられることができるのかな?とも思ったりして、あらためて責任の重さを感じて、こころなしか、緊張しています(笑)。
 しかし、私ではなく、神の側にいつも立ち、主イエス様のお心によって、歩み続けるものでありたいと祈っています。

 毎日が幸せで、何事も問題がない時は、「奮い起こす」という心の状態は、さほど体験しません。
 ところがアブラハムの「望みえないのに望みつつ信じた」信仰に似て、再び起き上がることもできないくらいの苦しい、つらい状態の時「勇気などかけらもないのに、勇気が必要」ということが起こってくる時があります。

 ただ、これが「主によって」可能であるというところが、イエス様を知らない方々にはわからないところです。いわゆる世の中の精神の強い人たちが頑張って成し得るということとは、ちょっと違うものなのです。

 主イエス様は私に働きかけてくださって、「できない」を「できる」に変えてくださいます。
 こういうと、よく、「では神はどうして私に望む通りしてくれないのか、神は何にもしてくれない、何でもできるんだったら、これもやれ、あれもやってのけろ・・・・」等々、いやはや、人間の心の中は何んと身勝手で自己中心でしょうか。(笑)

 以前、このような交通標語を見て、なるほどと感心したことがあります。
「出せるスピード 出さない勇気」
 スピードを出すのが好きな人は、なかなかゆっくりは走れません。いつの間にか、気持ちよく好きなスピードで走ってしまっています。ちょっと気を付けてスピードを緩めると、突然の事態に対処することができるものです。
 スピードを出す人にいきなり「スピードを出すな!」と言っても反発しますが、スピードを出さないことを勇気としたのはなかなかです。勇気を必要とする心に語り掛けているのです。そうか、勇気がいるんだ!と思いました。
 
 勇気って、どこか自分の思いとは反対の方向に奮い立つことによって生まれてくるような気がします。それは自分の肉の思いを捨てることでもあるのでしょうか。捨てたとたんに私たちの心の中にイエス様の力が湧き起こってくるのでしょう。

 たとえ、私たちに悪い知らせが来ようと、できもしない無理難題が来ようと、突然の病で不安に襲われそうになっても、主にあって力を奮い起こしましょう!その時主イエス様の勝利がわたしにあることがわかります。

これらのことをあなたがたに話したのは、わたしにあって平安を得るためである。あなたがたは、この世ではなやみがある。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている」。<ヨハネ16:33>

 主イエス様によって、私は勝利します!
 「満ちる」が300回続いたことを心から感謝します。 またこれからも「満ちる」を書いていけることを感謝します。
 牧師として5年間、奉仕できましたことを心から感謝します。これからも教会と主の聖徒の皆様に仕えていけますことを感謝します。
 ことごとに勇気を出して、立ち上がっていく、決して逃げない、そんな底力をイエス様が私の魂の中で持ち続けてくださっていることを深く感謝いたします。
 すべての栄光を父なる神へお帰しいたします。アーメン! (た)
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by mitiru-takae | 2018-07-31 23:05 | 満ちる | Comments(0)
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