No.292 全ての始まりは神から 2018.6.3

全ての始まりは神から

神の子イエス・キリストの福音のはじめ。<マルコ1:1>

 同じ個所を、ほかの訳で見てみますと、はじめという言葉の翻訳が少し違っています。

[神の子]「イエス・キリストの福音」の源。【岩波翻訳委員会訳】
イエス・キリストの福音はこうして始まった。――【塚本訳】
 
 故釘宮義人牧師の生前最後の週の火曜日の祈祷会で、この聖書個所を開いたのが、まるで昨日のことのようです。

 「『はじめ』というのは『始まり』のことです。
ここから、イエス・キリストの福音そのものが、わたしたちの背中を押して、進んでいくのです。」

 この時の言葉が、そのまま私の「召命」の言葉ともなりました。

 確かに私は、本当に能力も、知識も、権力もなにもない、そのようなものでありましたから、牧師となるには、聖霊様の後押し、つまりイエス・キリストの福音の後押しが絶対必要なものでした。
「それ以外に、私には誇るものが何もなかった」というのが、謙遜でも何物でもない、事実だったからです。

 誰にでも、何かの始まりの時があります。
 この世界にも始まりがありました。

はじめに神は天と地とを創造された<創世記1:1>
 
 人間の誕生にも始めがあります。

聖書に「最初の人アダムは生きたものとなった」と書いてあるとおりである。<第一コリント15:45>

 私たちは人間としてこの世に生まれてきました。「人間・私」のはじまりです。
 そして、イエス様に出会ってから、更に新しい命をいただきました。

 イエス様と共に十字架で死に、イエス様と共に、新しく生まれました。闇の支配から贖われ、光の支配(権威)のもとに生まれ変わったのです。

だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。<第二コリント5:17>

 私たちの新しい人生は、始まっています。
 救われてすぐの時は、前方に何があるかわからないので、少し不安であったかもしれません。

しかし、もう古いものはなくなったのですから、後戻りはできません。新しい命で、永遠に絶えることのない本当の幸せを楽しんで過ごしていけます。

 新しく始まった私たちの生き方はこうです。

わたしたちは、生きるのも主のために生き、死ぬのも主のために死ぬ。だから、生きるにしても死ぬにしても、わたしたちは主のものなのである。<ローマ14:8>
 
 主のものとして、いつも誇りをもって、顔を上げてこの世に出ていきましょう。
 主が創られたもので、素晴らしくないものなどありません。
 私たちを宝としてくださる神様の深い愛をいつも思い、感謝して、喜んですごすことが、私たちの素晴らしさをより素晴らしくする秘訣です。

 イエス様を信じる人は皆イエス様の花嫁です。
 私たちはイエス様と一つになって、新しいいのちで永遠に生きることができます。

 永遠という言葉は私たちは実際には理解できません、しかし、始めであり、終りであると言われるイエス様自身こそが永遠そのものです。
私たちはイエス様を信じることで初めて、本当の始めと終わりを知ることができるのでしょう。(た)
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by mitiru-takae | 2018-06-30 23:00 | 満ちる | Comments(0)
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