食卓でパンを裂くイエス様
一緒に食卓につかれたとき、パンを取り、祝福してさき、彼らに渡しておられるうちに、彼らの目が開けて、それがイエスであることがわかった。すると、み姿が見えなくなった。 <ルカ 24:30,31>
クレオパたちはエマオに行く途中で復活のイエス様に出会いました。
しかし、共に歩いていたときは、それがイエス様だとはまったく気づかなかったようです。
二人が道々、今日あった出来事を話しながら歩いていた時、イエス様が近づいてきてくださいました。
私たちもイエス様について、また私たちの信仰について、互いに証しをしたり、聖書について熱心に語り合ったりするときなど、神の家族が交わるときは、いつでも、イエス様はご自身のほうからすすんで近づいて来てくださいます。
そうすると私たちはいつのまにか心を燃やされていきます。イエス様にみ言葉を(聖霊様による啓示)示されると、魂がぐんぐんとイエス様に引っ張られていくようになります。聖霊様に魂を満たされていくからです。
クレオパたちも復活のイエス様のお言葉に聞き入っているうちに心が燃え上がって来たのです。
エマオに着いたとき二人は、先に進もうとするイエス様を引き留め、家にお連れし、夕食を用意し、飢えた魂を潤そうと求めました。
食事の時間となりました。イエス様がパンを取り、祝福し、裂きました。その時のイエス様がパンを裂く手を見て、二人は霊の目が開かれ、復活という事実を真に知るに至ったのです。
イエス様を私たちの心の家にお迎えしましょう。
私たちの魂の中で、イエス様がご自身の命であるパンを裂く瞬間、私たちの霊の目が開き、見えるようになります。
イエス様が私の心の主(あるじ)となってくださった証です。
彼らは互に言った、「道々お話しになったとき、また聖書を説き明してくださったとき、お互の心が内に燃えたではないか」。<ルカ24:32>
私たちの心は、毎日燃えているでしょうか。
「暑い」も「よだきい(大分弁でだらしい)」も「エホバの熱心」で満たしていただきましょう。イエス様が、そばで語ってくださると、不思議と元気が出ます。
私の心の中は、いつもイエス様主催の宴会が開かれています。ハレルヤ!(た)