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No.243 地震、雷、火事、親父/恐れるな勇気を出せ 2017.6.25

地震、雷、火事、親父

わが山の谷はふさがれる。裂けた山の谷が、そのかたわらに接触するからである。そして、あなたがたはユダの王ウジヤの世に、地震を避けて逃げたように逃げる。こうして、あなたがたの神、主はこられる、もろもろの聖者と共にこられる。<ゼカリヤ14:5>

 「地震です。命を守る行動をとってください」

 これは地震の時に携帯やスマホなどに入ってくる緊急連絡です。
 今回(6月20日【火】)の震度5の豊後灘震源の場合は鳴りませんでしたが、昨年の熊本・大分地震の時は、大きな音が鳴り響きびっくりしたという記憶があります。それも何度もはいってきました。「何秒か後に、大きな地震が来る」という合図は、とてつもない恐怖にもつながり怖いものです。
 この時、私たちはとっさの判断を間違わずにできるのでしょうか。

 そもそも判断自体が、時と場合によって違い難しいのですから、とりあえず普段からこ「ういう時はこうしましょう」というガイダンスにそって色々と訓練しておくことも大切な事と思います。

 この、地震、雷、火事、親父というのは、怖い順なのでしょうか(笑)。逃げる場所がないという点では地震は、本当に怖いですね。親父は逃げてやり過ごすこともたまにできます。(後が怖いでしょうが)

 世の終わりについて聖書は何度も語っていますが、私たちが本当に畏れなくてはならない、この地上で一番怖いものは、神様の裁きです。
 これこそ逃げることは決してできません。しかし私たちを永遠の命で生かすためにイエス様は来られました。

事実、ご自身をいけにえとしてささげて罪を取り除くために、世の終りに、一度だけ現れたのである。 そして、一度だけ死ぬことと、死んだ後さばきを受けることとが、人間に定まっているように、<へブル9:26下~27>

 「時が満ち、主の来られる日が近づき、緊急連絡網がなんどもはいってきます」そのような時代なのでしょう。イエス様が来られたのは世の終わりだからです。

 今が信じるときです。再び来られるイエス様の前に立つことが出来るように、今から、毎日、準備ですね。「死と裁きは、イエス・キリストによって永遠の命と自由に変えられました。」と毎日告白です。(た)


恐れるな勇気を出せ

「大いに愛せられる人よ、恐れるには及ばない。安心しなさい。心を強くし、勇気を出しなさい」。彼がこう言ったとき、わたしは力づいて言った、「わが主よ、語ってください。あなたは、わたしに力をつけてくださったから」。<ダニエル10:19>

 自分に言い聞かせるように、今このみ言葉を読んでいます。
 ちょっと病気(もともと持病の軽い喘息もちです。祈ってください)をすると、心は弱るものです。しかし私たちには強い味方が付いていてくださっています。ダニエルに語ってくださった主(イエス様)です。

 どんなときにも、私を見捨てず、離れることのないお方が、私たちの魂にかたってくださいます。それは私たちが特別に愛されているからです。

 先日のZawamekiの滝元開先生がこうおっしゃっていました。
 「私は、自分が思っているだけかもしれないが、釘宮義人先生から、すっごっく愛されていたと思います。『ひ・らっ・くんっ!』て、私のことを呼んでくださっていたんです。」

 私たちはイエス様から「た・か・えっ!」 「〇・〇・〇っ!」といつも呼んでいただいていますよね。きっと目頭を熱くして「〇・〇・〇っ!」と呼んでくださっています。

 「主よ語ってください。あなたはいつも私を力づけてくださいます。昔も、今も、これからもずっとです。」(た)
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by mitiru-takae | 2017-06-29 09:00 | 満ちる | Comments(0)

No.242 イエス様しかいない/賛美は力 2017.6.18

イエス様しかいない

涸れた谷に鹿が水を求めるように 神よ、わたしの魂はあなたを求める。神に、命の神に、わたしの魂は渇く・・・わたしは魂を注ぎ出し、思い起こす 喜び歌い感謝をささげる声の中を 祭りに集う人の群れと共に進み 神の家に入り、ひれ伏したことを。なぜうなだれるのかわたしの魂よ なぜ呻くのか。神を待ち望め。わたしはなお、告白しよう 「御顔こそ、わたしの救い」と。<詩編42:2~3,5~6>【新共同訳】

 毎朝メールで配信してくださる松岡欣也先生のメッセージがあります。ある月曜日の配信だったと思いますが詩編42編からの抜粋のみことばについての【ちょっと一言】には、「“いざ”という時のイエスさまの御顔はその人を救う。私自身も何度助けられたことか。」 「主を待ち望め!あなたにはイエスさましかいない」など、とても欣也先生らしいメッセージが書かれてありました。
 
 私たちの周りの親しい兄弟姉妹方のなかでも、このみ言葉に触れて涙を流した経験のある方は、一人や二人ではないと思います。

 新共同訳も口語訳も5節は「うなだれる」となっていますが、新改訳聖書では「絶望」と訳しています。この42篇の中に「絶望」【新改訳】という言葉が3度くらい出てきます。苦しみが伝わってきます。

 しかし、待っても待ってもイエス様の返事がないように思え、私はもう何の望みもないと思うときでも、イエス様は私のすぐそばにおられます。苦しみの中で仰ぐイエス様のお顔は何と頼もしいことでしょうか。何と近いことでしょうか。

神を待ち望め。わたしはなおわが助け、わが神なる主をほめたたえるであろう。<詩編42:11下 >

 どんな時でも「主を待ち望む」私たちの祈りを、主は必ず聞いてくださいます。そして返事をくださいます。耳を澄ませて聞きましょう。(た)


賛美は力
 
 Dancing、Dancing、Dancing・・・
 先週、「Zawameki(ざわめき)」ニューアルバムをもってHiraku&Noriko(滝元開先生、奥様)のお二人と、キーボードの石塚兄弟を入れてチーム3人が大分入りされました。初日15日は国見町のイエス・キリスト栄光教会、そして6月16日(金)は私たちの教会、翌日3日目は九重伝道所でした。

 軽快なリズムと、みことばに沿った曲のすべてが「神様が下さったものをキャッチした」といっておられ、当日は、歌うのが上手な者も、それなりの者(笑)、リズム感のない者、ある者など、そのすべての集まった人々が、体を動かし、目に涙をためたりで、さすがに素晴らしい神様の臨在に触れる賛美の数々でした。

 特に甲子園ミッションのころからの私たちも知っていた賛美などを歌う時は(今も賛美しているものもありますが)のりこ先生の手話にも見とれながら、とにかく楽しくてたまりません。イエス様はこんな喜びの時を与えてくださるんだと、感謝は賛美とともに絶好調になります。

 昔(甲子園ミッションは約25年前)と全然変わらない、魂のリバイバルへの渇きと求めが湧きあがって来ますと、「時が満ちるのを、イエス様は待っておられるんだ」と思います。また「ノアの箱舟」のお話を思い出したりして、不信仰な私たちの心を悔い改め、主に帰る時だと感じています。 
 
 賛美(みことば、預言)はサタンに対抗するための武器でもあります。私たちの毎日はサタンの領地内に築き上げた「神の橋頭堡」を拡大していくことです。賛美をもってサタンに立ち向かい退かせ、この地上のすべての人々をサタンから奪い返す「イエス様のお手伝い」を、私たちもしようではありませんか。
 一人一人の心の中から、飢え渇きと、求めと、待望が始まり、火が燃え上がる日は近いのです。リバイバルはあなたの部屋(隠れたところ)での祈りから始まります。
 
 神様からの素晴らしい賜物をもって全国、世界中のリバイバルのための「Zawameki」の働きに大きな実が実っていきますように、心からお祈りいたします。(た)
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by mitiru-takae | 2017-06-21 11:52 | 満ちる | Comments(0)

No.241 新しい時代に生きる/昼食会(奉仕)の恵み 2017.6.11

新しい時代に生きる

 「今は使徒行伝29章の時代です。」とよく言いますが、厚い聖書を眺めていると、今私たちが生きている時代が、この聖書のはじめでもなく、中ほどでもなく、ほとんど終わりかけの位置にあるんだなあと、いまさらながら、ちょっと不思議にさえ思えます。
 
イエスは彼らに近づいてきて言われた、「わたしは、天においても地においても、いっさいの権威を授けられた。
それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである」。 <マタイ28:18、19、20>

 イエス様が天の父なる神に授けられたいっさいの権威をもって、私たちに迫ってくださるとき、弟子たちがペンテコステの日にいただいたと同じ聖霊の力が、私にも満ち溢れているのだと嬉しくなります。
 この時私たちは新しい時代に生かされていることを感じるのです。聖霊が一人一人に働く新しい時代です。

 イエス様が笑いながら、目の前まで近づいてきて、私たちに話しかけてくださいます。

 「行って、全ての国民を私(イエス様)の弟子としなさい。私(イエス様)の言ったことをすべて、守るように教えなさい。きっと、教えていけるよ。いや、あなたも守れるよ。なぜなら私は、世の終わりまで、あなたと一緒だし、同時に来る新しい天の国ではあなたは私の中に住み、わたしもあなたのなかに住むのだから・・・。ずっと、一緒だよ。」と。 
 
 イエス様と一つになって、喜び踊り、叫び、仔牛の様に跳ね回りましょう!(た)
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昼食会(奉仕)の恵み

 「ああ、今日はご飯がよく炊けたわ~!」
 「みんな早く集まってください!」
 「食膳の感謝お願いします」
 ここ何年かは、毎週日曜日の礼拝後は昼食会をしています。
 あまり手がかからないように、また作ってくださる兄弟姉妹(最近は兄弟方が料理をしてくださることも増えました)たちに、負担があまりかからないように・・・と、色々思ってはいますが、結局、おいしいものを作っておいしく食べてもらいたいと、料理人の手も込み、量も増えてきます。(笑)
 皆さん方にできるだけ礼拝後残っていただいて、ともに食事をし、気持ち食事献金をして、日ごろの証しの一つでもしていただければ、イエス様が喜ぶ最高に楽しい、嬉しい、素晴らしい昼食会となります。

 それぞれ自分が神様から頂いているタラントを生かして、教会での奉仕をしていただいていますが、挙げてみるとすごい数というか、量です。
 礼拝や各集会にかかわる牧師、執事、部会の方々の働き、説教、教師、司会、賛美リーダー、映写、奏楽、聖餐式などの礼拝に必要な準備と奉仕、週報作成・折り畳み、食事の準備・調理・片づけ、音響、ビデオカメラ、掃除、庭の手入れ、自動車による送迎など、その他色々なこまかな奉仕・・・・・と、教会の中では、楽しい奉仕が満ち溢れています。

 聖霊様はハーモニーを以って、これらのイエス様の体なる教会を支えてくださっています。一人一人が大切な存在です。
 礼拝に来てくださることが、私たち集う者にとって素晴らしい恵みであったりします。そして教会内での恵みや喜びの悲鳴(笑)が、家に帰っても、職場に行っても私たちの体と心にしみこんでいるようにさえ思えます。
 「閑(しずけ)さや岩にしみいる蝉の声」【松尾芭蕉】という句があります。
 蝉がミーンミン、ジー、ジーとないてうるさいように思えるのですが、実は岩にしみこんでいくような平安が、芭蕉の心の中に満ちているのでしょうか。
 にぎやかな教会の昼食会など、すべての主のための働きの中にいる時、どのように忙しく見えていても、実は忙しさの中でイエス・キリストの平安と喜びが、心のうちにしみ込んで満ち満ちているのです。
 満々感謝!(た)


















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by mitiru-takae | 2017-06-14 11:35 | 満ちる | Comments(0)

No.240 毎日がペンテコステ/I belong to Jesus(私はイエス様のもの) 2017.6.4

毎日がペンテコステ

ただ、聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地のはてまで、わたしの証人となるであろう」。 <使徒1:8>

 「毎日がクリスマス」と釘宮義人牧師は言いました。
 「いいえ、私は毎日が十字架で、苦しくて苦しくて・・・」そういっている方の声も聞こえてきそうですが、果たしてイエス様の十字架はどうでしょうか。
 私たちが負わなければならない十字架は、イエス様がすでに背負ってくださいました。私が背負っているものはイエス様の血潮によって輝く栄光の十字架です。

 イエス様を磔(はりつけ)にしたままにしないで十字架の上でイエス様とともに死んで、よみがえり、聖霊様に浸されてて新しくされましょう。使徒たちの上に聖霊が降ったように、そして3000人の人々が救われたように、ペンテコステの日に起こった救いの奇跡を私たちも頂きたいですね。それもクリスマスと同じように私の心の中に毎日です。

 いつも聖霊様と共に(聖霊様に浸されて)いると、私たちがイエス様の御名の権威によって生かされていること、守られていることを知るようになります。
 毎日がペンテコステ!聖霊様によって力強く生き、主の復活の証人となりましょう!(た)


I belong to Jesus(私はイエス様のもの)

わたしは彼らのためにお願いします。わたしがお願いするのは、この世のためにではなく、あなたがわたしに賜わった者たちのためです。彼らはあなたのものなのです。<ヨハネ17:9>

 「I belong to Jesus」の白いロゴが思わず私に衝動買いをさせました(笑)。
 黒いポロシャツはなかなか着心地が良くて、誰が着ても似合いそうな「ファイヤーカンファレンス」でのイメージシャツです。

 よく「なんて書いてあるのかわからずに、とんでもないロゴのTシャツをきていることがあります」ということばを聞きます。多分外国に行っても同じように「とんでもない漢字やひらがなが、Tシャツの前や後ろに印刷されていることも多いのでは」と思いますね。

 「JESUS」だけだったり、「愛」だったり、結構ありふれている感が否めないTシャツの模様の中で、 このTシャツやポロシャツ(ポロシャツは襟があって、着やすくてよい)はとても素晴らしい。黒一色の生地にしたのも、迷わなくてすむし、コスト的にもよかったのではないでしょうか。
 聖会の中で着ていると「まるでスタッフのようね」と言われていましたが、同じものを着ると心まで一つになるような気がしますね。心を一つに合わせて何かをしようというとき、ユニフォームを作るのは得策です。  

 私たちは日本国民として、日本の国籍を持ち、日本の法律によって守られています。  
しかし、クリスチャンは神様の御国の国民ですから天に国籍があります。

しかし、わたしたちの国籍は天にある。<ピリピ3:20>

 私たちはいつも、目に見えないけれど、心は天の国の王様、イエス様によって統治されています。このことは「イエス様の権威によって守られている」ということです。

 ヨハネによる福音書17:9で「彼らはあなたのものです(They belong to you)」とイエス様はおっしゃっています。あなたとはもちろん、父なる神様のことです。
 「私はイエス様のもの (I belong to Jesus)」ということは「私は天の父なる神様のもの」と同じことです。
 イエス様と父なる神様との関係は、私とイエス様の関係と同じです。

 私たちはイエス様が父から授かった権威のすべてをいただいています。
 また、私の霊、肉、思い、持っているものすべてもイエス様から頂いたものです。
 ハレルヤ!イエス様ありがとうございます。私はあなたのものです!(た)
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by mitiru-takae | 2017-06-07 14:54 | 満ちる | Comments(0)