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No.165 イエス様と共に在る人生 2015.12.27

イエス様と共に在る人生

 また、御座から大きな声が叫ぶのを聞いた、「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、<ヨハネ黙示録21:3>
 また、彼らにわたしのために聖所を造らせなさい。わたしが彼らのうちに住むためである。<出エジプト25:8>
 
 自分や、我が家にとっての「今年の10大ニュース」といえば何が思い浮かぶでしょうか。
 最高に楽しかったこと、意義のあった出来事、つらかったこと、苦しかったこと、驚いたこと、こんなことありえないと思えること・・・など、振り返ってみると、様々なことがあった一年でした。
 
 私たちの教会にとっても、ラブ・ソナタ大分に関する行事などとても忙しい一年でありましたが、クリスマス礼拝、賛美歌の夕べなどを終えてしまうと、もう年末年始がすぐそばに控えています。
 このあわただしくも思える日々を、喜びと感謝にあふれ、祈り抜いてこれたのは、共に居て私たちを支え、導いてくださったイエス様がおられるからです。
  
 新しい年2016年は、わたしたちの教会堂の献堂40周年の日(2月22日)を迎えます。
 最近は建物自体はずいぶん古くなり、雨漏りや瓦の損傷など、さまざまなトラブルも起こってきていましたが、中身(主の聖徒たち)はというと「鷲のごとく」歳に似合わぬ(?)心の元気と明るさで、まだまだ前進し続けています。
 この感謝とイエス様のお導きの証として、40周年記念聖会を3月21日(月・祝)に行います。是非お集まりください。
 
 わたしはあなたに命じたではないか。強く、また雄々しくあれ。あなたがどこへ行くにも、あなたの神、主が共におられるゆえ、恐れてはならない、おののいてはならない」。<ヨシュア1:9>
 
 来年の指標聖句をヨシュア記からいただきました。
 「霊(信仰)の戦い」を主によって戦わせていただき勝利していきましょう。
 「キリストの福音大分教会」に連なるすべての方々が、新しい年に希望を持ち、ヨルダン川を渡り主の約束の地を勝ち取ることを願い、また確信しています。
 
 私たちの心の中を聖所とし、そこをすみ家としてくださるイエス様の、私を選んでくださった愛と哀れみを心から感謝して、新しい年へと一歩を踏み出したいと思います。(た)
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by mitiru-takae | 2015-12-30 09:10 | 満ちる | Comments(0)

No.164 祝クリスマス/ 光なる神 2015.12.20

祝 クリスマス
 
 御使がマリヤのところにきて言った、「恵まれた女よ、おめでとう、主があなたと共におられます」。<ルカ1:28>
 
 マリヤに告げられたおことばが、私たちの心の中に響きます。
 「おめでとう!」イエス様はいつもあなたと共にいてくださるのです。
 毎日がクリスマスです! (た)
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光なる神

 この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。
 光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。
 <ヨハネ1:4、5>
 
 神様の創造は「光」を顕すことから始まりました。
 この光は、私たちに本当の命を下さるために創られました。そして、地の闇と混沌のど真ん中に顕われてくださったのです。
 イエス様の創造はというと、私たちの心の中が、悩みや、苦しみで混沌としている時、魂の闇と混沌の中に突如として現れてくる「命の光」です。
 この光は、私たちの魂の闇を光とくっきり区別します。この光に照らされると、今までわからなかった闇が、見えてくるのです。これはとても不思議なことです。
 地上で光る光は、直接当たるところは皆照らされ、光が届かないところは陰になります。闇が見えるところは、光があるところなのです。
  
 クリスマスは、私たちに「光」なる神様を教えてくださいます。
 同時に、「光」なる神様、御子イエス様を私たちが迎えねばどうにもならない心を覆う「闇」が、この地上を支配していることを知らされます。
 まさに、「神自らが私たちの義と聖と贖いとになられた」というおことばが成就しなければならないのです。
 イエス様、クリスマスありがとうございます! (た)


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by mitiru-takae | 2015-12-22 08:25 | 満ちる | Comments(0)

No.163 言(ことば)があなたの只中に 2015.12.13

言(ことば)があなたの只中に

 父なる神様は、はじめに天と地を創造されました。
 神様は、すべてを生み出すことが出来る意思そのものでした。また、すべてのものを創ることが出来る神様は、無から有を生み出すことの出来るお方ですから、「有る」ものの根源です。「私の名はありてあるもの」といわれた神様の名の所以でもあります。
 そしてすべては「ことば」をもって創られたのです。
 
 神は「光あれ」と言われた。すると光があった。<創世記1:3>
 
 「ことば」は不思議です。神様が人間に与えてくださった素晴らしい賜物です。神様に似た者として創られた私たちの吐く「ことば」も実現していきます。
 そういう意味では、否定的な「ことば」は否定的な人生、その人への負の干渉を生み出してしまいます。ですから、良い「ことば」を習慣づけていくことが大切ですが、そのためには、私たちの心の中が良い思いで満たされていなければなりません。
 いつも思ってもいないことは、なかなか「ことば」になって出てはきません。「心に満つるより口はもの言うなり」です。これによって、すべては実現化されていくのです。
 
 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。
 <ヨハネ福音書1:1~4>
 
 神様は「ことば」を、私たちのために顕してくださいました。イエス様です。
 イエス様は私たちを永遠に生かすことのできる真の「いのち」です。
 このお方こそが私たちの希望、力、生きていく指標なのです。
 
 クリスマスが近づきました。
 私たちのぬぐうことの出来ない罪を帳面から消してしまうために、イエス様はこられました。そればかりか、悪魔に対抗できる力までも与えてくださいました。この力こそが聖霊様から来るすばらしい武具の数々です。そして最高の武器は「イエス・キリストのことば」です。
 
 「ことば」が私たちの心の中に実現してくださり、私を生かしてくださいます。
 「ことば」が今日、あなたの心の中で受肉するのです。
 これこそがあなたへのプレゼント、父なる神のひとり子イエス・キリストです。
 今日、あなたに起こる「クリスマスの奇跡」なのです。(た)
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by mitiru-takae | 2015-12-16 09:53 | 満ちる | Comments(0)

No.162 死ぬは生きる 2015.12.6

死ぬは生きる

 生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。しかし、わたしがいま肉にあって生きているのは、わたしを愛し、わたしのためにご自身をささげられた神の御子を信じる信仰によって、生きているのである。<ガラテヤ2:20>
 
 アドベントの日々を希望と感動をもって過ごしておられると思います。私を神の宮としてくださる主は、宮を清めてくださり、永遠の祭司として住んでくださいます。その始まりがクリスマスです。
  
 「イエス様の臨在のなかに生きる」
 「イエス様と共に生きる」
 「イエス様が私の中に生きている」
 これは、「私のなかに実現するイエス様の言葉が私を生かす」ということでもあります。「言葉が受肉し私の贖いとなった」お方こそイエス様です。
 しかし、もし十字架の上で、はりつけられたままのイエス様があなたの心の中にいるとしたら、早く、イエス様と共に十字架上で死んでください。(まじめに笑)
 すると、苦しみも、悲しみも、嘆きも、痛みも、病も、すべてがイエス様の臨在を通して価値のまったく違うものとかえられていきます。
 悲しみは喜びに、嘆きは踊りに変えられていくのです。
 ここで屁理屈を言わないで素直に「そうです。私はイエス様と共に死んで今、イエス様の復活と共に生まれ変わりました」と告白していくことが肝心です。
 罪に対しては「死」に、「生きる」のはイエス様の命によるのです。
 「死ぬ」方法はわからないとしても、「死にました」と告白し、「死んだ人」としての生き方をさせていただくならば、私は確かに新しくかえられています。
 しかし、死んだはずなのになお、罪に縛られているように見えるのは、この世においては私の肉の部分を支配しようとし、魂まで攻撃してくる様々な悪霊による攻撃を受け続けているからです。救われている確信を握って、主の勇士として悪魔の策略に対抗していきましょう。
 
 釘宮義人師は「日々剥脱」といいました。
 この世に生きるかぎり離すことの出来ない日々の罪をペンキをはがすように(身体やこころにへばりつく罪の性質がわかるようです)イエス様に剥ぎ取っていただくのです。
 この罪は、信仰を持ち続けていくほど見えてきます。闇に居た時には見えなかったものが、光に触れ見えてくるからです。
 自分の中にある罪の性質に嘆いたパウロも、しかしなお、立ち上がりイエス様のために生きていきました。私たちも
主に在ってこそ生きることが出来るのです。 
 
 わたしにとっては、生きることはキリストであり、死ぬことは益である。<ピリピ1:21>(た)
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by mitiru-takae | 2015-12-11 14:52 | 満ちる | Comments(0)