No.276 その恵みはとこしえまで 2018.2.11

その恵みはとこしえまで

主に感謝せよ、主は恵みふかく、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。<詩篇136:1>

 神様の恩寵は永遠に続きます。
 どのように苦しい時も、なかなか抜け出ることのできない試練の中にあっても、神様の恵みと慈しみは変わることがありません。

ところが、主が言われた、「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」。それだから、キリストの力がわたしに宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。<Ⅱローマ12:9>

 それどころか、その恵みはあなたに対して充分であり、完全です。

 私は不十分で、弱いように見えます。しかし私たちが、何もできないような弱い時、自分の弱さを認めて主により頼むならば、神の全能の力が、完全に私のうちに働き、神の絶対主権によって、すべてのことが成っていきます。私たちは神の権威に頼れば良いのです。

それだから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。<マタイ5:48>

 イエス様のお言葉は、必ず成就します。
 パウロが走る行程を主に信頼することによって走り抜けたように、自分の目の前に用意された主の道も、走れなくとも確実に忠実に歩んでいきたいものです。
 主のお言葉を信じて完全に向かって歩み続けるのです。

 先日のある先生のメッセージの中で、「エペソがいかに大きな都市であったか」ということを、写真を交えて聞かせていただきました。エペソはパウロが3年もいたところです。

 アルテミス神殿もあることから、ローマの小アジアにおける主要都市であり、また、宗教の中心にある都市でもありました。また、大きな「ツラノの講堂」という劇場のような施設もありました。
 エペソのような当時の大都会で、パウロの宣教に対する心は、さぞかし燃えたでありましょう。

 その後も旅は続きました。第3回伝道旅行を終え、パウロはさらなるローマに向けての神の道を走ることになります。
 しかしそれは、鎖で繋がれての大変な道のりでした。
 パウロは、弟子たちや預言者からどのように「行かないでください」と、止められても、歩みを止めることはありません。ついにエルサレムで殺されかかるという事態に会います。
  
 このような過酷なパウロの旅路は、私たちにはとてもついていけないほどの難しさと、それに伴う試練があります。
 しかし神様の導きは、確実で、真実です。

 確かに試練があります。
 辛い時があります。
 嫌な場所があります。

 しかしそこに働く神の全能の力と恵みは、私たちにとって、確かなものです。幽霊や、お化け、また人々の儲け話のように騙しごとではありません。

 「ちょっと、おこがましいことを言うがパウロと私の信仰は同じだ。」と、若いころから言っていた父(釘宮義人師)の声が聞こえてくるようですが、本当に、今も、2000年前の昔も、イエス・キリストの信仰は変わらないのです。

 パウロの中で、父の心の中で、パウロの言葉を借りていうならば最後にこの小さな私たちの中でさえ生きて働いていてくださる「イエス・キリストの信仰」は、「昔も今もとこしえに変わることがない」のです。
 
 主に感謝します。
 主は恵み深いお方です。
 主は永遠に変わることのない完全なお方です。(た)
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by mitiru-takae | 2018-02-16 16:10 | 満ちる | Comments(0)
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